あぶくま川の詩
流れ遙かに
[作詞・作曲]小椋 佳 [編曲]風戸慎介
たおやかに 弧を描き 母なる川が行く
数え切れない 人々の 物語 抱きしめて
語り 語られて 流れ 遥かに
暮らしを染めて 時を潤す
あなたと 歩こう 阿武隈の 畔り
水の幸 惜しみなく 恵みの川が行く
北へ旅して 豊かさと 悦びを 振りまいて
愛し 愛されて 流れ 遥かに
例えようのない かけがえのなさ
あなたに 映そう 阿武隈の 光り
心ある 姿して 命の川が行く
時には 怒り 荒れ濁り また和み 微笑えんで
生かし 生かされて 流れ 遥かに
人あって川 川あって人
あなたと 歌おう 阿武隈の 祈り
阿武隈川讃歌(あぶくまがわさんか)
[原詩・原文]安藤ゆたか、沼田登志樹、安齋孝信 [補作詞・作曲]小椋 佳 [編曲]風戸慎介
たおやかに 弧を描き 母なる川が行く
水の幸 惜しみなく 恵みの川が行くお母さん 覚えてますか
白鳥を 見に行った時の事
白鳥よりも かもの方が ずっと多くて
二人とも なぁんだなんて 言っちゃたりしてね
阿武隈川って 思ってたより 大きいねって
二人して つぶやいた時の事お母さんには 分からないかも 知れないけれど
白鳥を浮かべてる 阿武隈川と
私の隣にいる お母さんとが
同じくらい 大きく大きく 見えましたお母さん 心配しなくて だいじょうぶ
阿武隈川みたいな 広くて大きな 人になるから語り 語られて 流れ 遥かに
数え切れない 人々の 物語 抱きしめて
愛し 愛されて 流れ 遥かに
北へ旅して 豊かさと 悦びを 振りまいて
お父さん 覚えているよ
今はもう 貴方はいないけれど
小さい頃に よく行ったよね お父さんと
二人して 仰向けになって あの河川敷
流れの音って 思ってたより 大きいねって
二人とも 夕焼けに 笑ったね
お父さんには 会えなくなって しまったけれど
変わらずに流れている 阿武隈川が
ざわざわと響く時 お父さんだと
思えるんだあの声 あの笑い 話し方
お父さん 僕はいつだって 元気です
阿武隈川の岸辺 あなたと話が またできるから
暮らしを染めて 時を潤す
あなたと 歩こう 阿武隈の 畔り
例えようのない かけがえのなさ
あなたに 映そう 阿武隈の 光り
お祖父ちゃん 橋ができたよ
遠い日に 船で渡った場所に
お祖父ちゃんには 川の話を 教わったよね
恐さとか 有り難さとか へそ曲がりだとか
阿武隈川って 水も魚も お米なんかも
くれるって 繰り返し 話してた
船頭さんの お祖父ちゃんから 聞こえた愚痴は
川の水濁る事 泳げなくなり
魚は少なくなり それでもいつも
阿武隈川自慢の 話だけ していたね
お祖父ちゃん 安心しててね 見ていてね
阿武隈川はきっと 僕らがきれいな 川にするから
心ある 姿して 命の川が行く
時には 怒り 荒れ濁り また和み 微笑えんで
生かし 生かされて 流れ 遥かに
人あって川 川あって人
あなたと 歌おう 阿武隈の 祈り
語り 語られて
愛し 愛されて
生かし 生かされて
人あって川 川あって人
あなたと 歌おう 阿武隈の 祈り
「あぶくま川の詩」に寄せて
阿武隈川サミット実行委員会委員長 福島市長 吉田修一
昔、暴れ川だった川も、今は護岸工事などにより、大分おとなしくなりました。
その反面、私たちの生活が豊かになるにつれ、川は汚れ、その汚れは私たちを脅かしつつあります。
今ここで、人と文化そして歴史を創ってきた川を見つめ直してみませんか。
このサミットで私たちは、「今何をしなければならないのか」、そして「それぞれの役割は何なのか」を確認し合い、確実に実行していくことこそが今を生きる私たちにとっての未来への責務であると考えています。
『あぶくま川の詩』は、子供たちの阿武隈川への「夢と未来」を育み、流域に暮らす140万人共通の心のよりどころとなる歌をとの思いをこめて創られました。
川の優しさにふれ、親しみ、川への思いやりの心とともに、『あぶくま川の詩』がみなさんに愛され、永く歌い継がれていくことを願っております。
小椋 佳
「あぶくま川の詩」と題して、皆さんから寄せられた、絵・作文・詩の素晴らしさに感動しました。まずは応募作品の多さに驚きました。沢山の少年少女が、阿武隈川に高い関心を抱いていることを知って嬉しくなりました。そしてそれぞれの作品には、心から「川」を愛する思いが素直に表現されていて、21世紀の阿武隈川に希望が大きく広がりました。私は今回、阿武隈川の詩を制作することでプロジェクトに参加させていただき、「流れ遥かに」と長い合唱曲「阿武隈川賛歌」の二つを創りました。しかし思えばいずれの作品も皆さんの作品に流れる情熱が私の中に注ぎ込まれて、極く自然に生まれたものです。従って、これらの歌は私の創作というより、正に皆さんの歌そのものです。
21世紀、特に日本人にとっては「共生と創造」がキーワードとなる時代だと考えられます。「川」についても同じ事が言えるでしょう。今回の二曲にもその心が盛り込まれています。従来にも増して行政を中心としての治水とか利水とかが大切でしょうが、治水利水はなにか川を距離ある対象物と捉える言葉の響きがします。できれば、あたかも自らの肉体に流れる血のように、川を自分と一体のものとして感覚し、その内なる川を「生かし創る」暮らしが、一人一人の日常生活のレベルで自然に成立しているような状況であって欲しいものです。
今回のプロジェクトが、阿武隈川流域の全ての人々に永く根づくものになること、その過程で阿武隈川の歌も皆さんの心に染み込んで行くことを願っています。